五月人形

メーカー紹介 [五月人形製造] 平安住一水(へいあんじゅういっすい)

だれもが知っているだろう、京都の五月人形メーカーです。
百貨店や専門店においても最上級の作品として認知されている甲冑を作っていますが、
初めてお話をお伺いすることができましたので、可能な範囲でお伝えできればと思っています。

訪問した経緯

私は一会社の従業員でありますので、今回は社長と二人でお伺いしてきた内容となります。
問屋さんからの仕入れという意味では、平安住一水制作の甲冑を店頭販売したことがありますが、それは販売していただけです。
製作者の考え等や細かな部分の作りについて知る由もありません。
ですが、
それらは、消費者にとって非常に重要な部分です。今後、一水の甲冑をお客様にお話しする際に知らなくてはいけない部分です。
このことから、可能な範囲でお話を聞きたいと考え、訪問させていただくことになりました。
お忙しい中、貴重なお話をしていただいた一水工房に深く感謝を申し上げます。

この記事の内容について

工房訪問において、たくさんの写真や動画を撮らせていただきましたが、すべて社内研究用として許可いただいています。
よって、このページ含めあらゆるWEB媒体において、工房で撮影した素材は一切掲載いたしません。
また、お伺いしたお話においても、私なりに秘匿すべきと感じた事については掲載いたしません。
ここでは一水工房の各種WEB媒体のご紹介リンクのみを掲載させていただきたく思います。

 今村達人(四代目)
ホームページ:https://kyoto-issui.jp/
Youtube : 京甲冑 平安住一水 五月人形・美術甲冑制作
Facebook : 京甲冑 平安住一水 五月人形・美術甲冑制作
Instagram : kyoto_issui

平安住 一水(へいあんじゅう いっすい)

読み方について

読みは「へいあんじゅう いっすい」が正しい。
 ※「へいあんすみ いっすい」や「へいあんいっすい」ではない。
二代目がそのように名乗ったことが始まりであったようです。
「住」と入るのは、もちろん平安(京都)に住んでいるという意味もありますが、
当時、初代が甲冑生地師であった初代の頃ですが、
たとえば、刀剣に入る銘には「南都住〇〇」や「備州長船住〇〇」のように、「どこどこに住むだれだれ」という銘の入れ方があり、
そのような慣習にならった表記のしかたであったのではないかと話されていました。

ただ、現在は「へいあんすみいっすい」や「へいあんいっすい」など、なんといわれても特に否定も訂正もしていないので、そのように呼ばれても構わないとのことでした。
 ※「それによって仕事や関係が変わるものでもない」という考えなのかなと思いました。

組織について

節句業界において製造や工房では珍しい「株式会社」です。
個人的な考えでは、個人事業と法人(とくに株式法人)では年間の業務に対する厳格さが全く違うと思っています。
すぐに思い当たりやすい「税務」という側面だけではなく、雇用や労務、株式会社であることによる理事会などの様々な仕事があります。
単純に「忙しい」という事ではなく、組織の社会的義務に対する意識が高いと考えられます。

また、様々な工芸的な技術が複合的に組み合わされ製品化される節句の業界では、京都以外においても「分業」が当たり前です。
しかし一水工房では通常は分業となるような、漆塗りや金箔押し、金物づくりなどの多くの分野を自社内で制作しています。
これについては
「分業は、その部分ばかりをたくさん作ることで技術や品質のレベルが高くなるというような良い点がありますが、それでも自社内で揃えれることにはメリットがある」
「例えば、部品一つとっても、ちょっと形を直したいというような細かな部分も、思い通りのものが仕上がってくるとは限らないが、ここでは作りたい形にできる」
というような話をされていました。

以前、関東の別所実正という作家を訪問したことがあったのですが、
「鍬形台の角度・ふくらみの加減について、なんども下職さんに作り直してもらっても欲しい形にならず、やはり、その微妙な加減というのはもう自身で作るしかないという事に至った」という話を思い出しました。両者ともに自身の作りたい形、美しい形が見えているのだと思います。

また、加えて大事なこととして、分業としていろいろな職人や作家へ部材の制作を依頼していくと、どうしても他社さんと共通の下職さんというものも出てくる。
そういった場合、独自の作風を表現するということが少なからず損なわれるというような事もおっしゃっていました。
たしかにそれはそうです。
全行程を一貫して加工できる高い技術があるからこそ、「平安住一水の甲冑」と言えるのでしょう。

平安住一水における五月人形の考え

甲冑の形

日本の鎧には時代によって様々な形がありますが、そのなかでも奉納や神具としての形であるいわゆる「式正(しきしょう)の鎧」をベースと考えておられます。
たとえば、春日野大社にある赤糸威大鎧(竹虎雀金物)であったりするのですが、そういったものを模写する技術をもつことで、伝統美を受け継ぎ装飾性の高い作品を制作できるという事です。
また、祈りや願いを込めるこの奉納・神具を元に、御節句に置き換えることで子ひとりひとりへの祈り、個々人のための甲冑を作っているという考え方を持っておられます。
こういった考えが、現代的に言い換えると「企業理念」として代々受け継がれて現代に至っています。

贈り物としての意味を

「子供(赤ちゃん)はわからないかもしれないが、実際は目で見ている(見えている)。
子供のもつ情報を吸収する能力は高い、だからこそ良いものや本物を見せるということは良いこと。
そして、選ぶ甲冑も大人(贈り主)が好きなものが良いと思います。
大人が好きだったら、子供も喜んだり好きになってくれると思います」

「何十年も持つような素材と技法で作っているから、何年も先まで飾って欲しいしそれを自分の子供に飾る気持ちもわかるけれども、
本当に贈り物という意味考えるのであれば、
それはその人が誰かに贈られたものであるから、
それをまた違う人に、というのはちょっと違うんだけども。。。
ただ、30年たっても綺麗なように作っていますから、気持ちもわかりますが(笑)」

御節句のお人形というのは、雛人形にしろ五月人形にしろ「一人一飾り」といって、贈られた方の一生の御守りとなるものであるから、使いまわしのようなことをしないという考えがあります。
この考えは、私たち、節句の小売をする者は「商売」としての側面もあると個人的には思っています。お客様も「商売だもんなぁ」と言う方もいます。
ただ、「贈り物の意味」を、御節句のもともとの部分を純粋に考えると、上記のような気持ちになるのかなと思います。

実際、一水さんの甲冑は、本当に厳選された素材と高い練度が実現した手工品であり、溶接や接着剤等が使われていませんので、実物同様に取り外し分解ができ、数十年たった作品についても修繕が可能なのです。
30年たっても美しく、修繕も可能で依頼もできるとあれば、とても高価で芸術的な作品です。もし持っているなら、節句業界の私だって、自分の子にも五月人形として継がせたくなりますよね(笑)

平安住一水の甲冑

甲冑は大きく二種類

一つは一般に「京甲冑」と呼ばれるもので、京都の作家さんはよく
 ・錺甲冑(かざりかっちゅう)
 ・美術甲冑(びじゅつかっちゅう)
と呼びます。
たとえば、兜の錣(しころ)は吹き返しにつながっていない。吹き返しは白檀を塗る。
その他いくつかの部分で、本式に比べて易しい作りであるが、
美術的な金箔・錺金物・漆(白檀塗)等を配し、美しく整形された装飾性の高い作品です。

もう一つは、本式の甲冑の製法にならった「式正鎧」と呼ばれるもので、
「大鎧(おおよろい)」と呼ばれる鎧の形式に沿った高度な技術が必要な作品です。
本小札(小札の素材を革)に裏打ちをして漆を塗る。黒小札では漆を、金箔をはった小札には白檀塗を。

一水の制作する甲冑はこの二つのタイプ、およびこの二つの要所が共に存在するタイプになります。
伝統の甲冑の良い面のみを受け継ぎ、美しさや勇壮さ、格式を昇華させてきたと説明文があります。

素材は「本物」であること

甲冑というのは金属だけで作られているわけではなく、紐であったり革であったり、箔であったり、漆であるわけなのですが、素材についても「本物」であることを大切にしていました。

金属部分で言えば、
鍬形は真鍮、錺金具は真鍮、小札(しころ)は鉄や革、革はすべてにおいて鹿皮(奈良印伝)、兜の鉢など黒く見えている金属部分は鉄で、毛履(けぐつ)の毛は馬毛。

一水工房における「本物」の概念とは、長く飾っていても腐ったり痛んだりしないもの。
そういうものを使う事で、経年による美しさや味が生まれていくという事。
私の解釈では、材料を選び、熟練した技で作り組み上げた「形」が「流麗」なのだと感じました。

実際、一水工房の玄関の間には二領の鎧が飾られています。37年前と17年前に作られた鎧ということですが、
恐ろしく綺麗な状態です。※写真は載せれません(笑)

一水の甲冑は「赤が綺麗だ」とよく聞きます(赤糸威しなどの赤い紐のこと。)。
一水さんは「染色屋さんが良いんですよ」とおっしゃっておりましたが、
この赤が37年たった鎧でも綺麗なんですね。素晴らしく綺麗でした。

また、小札や錺金具(かざりかなぐ)の金箔、西陣の生地部分、腹回りの印伝の状態など、とても綺麗です。
鎧を編んでいる赤い紐が少し伸びているとおっしゃっておられましたが、私は伸びてるかな?と気が付きませんでした。

そして経年によって、小札の裏の白檀塗は深い飴色が美しく変化し、
お腹(胴体の蔓走)部分の皮が少しだけ膨らんだように見えました。

新品よりも確実に味が出て雰囲気よく綺麗な鎧でありました。

同じものではない

そもそも、一水工房で作る甲冑は全てが手作りであることから、たとえ同じ商品の複数注文でも、ひとつとして同じものはないという考えでありました。
実際に、面頬(めんぽう)の実演を見せていただいた際にお話しされた内容が印象的でした。

切り出した一枚の平べったい鉄板をカンカンと金槌でたたきながら顔の形にしていくのですが、
「どこまで打ったら終わりという事はないのですが、(いつまでもたたかずに)自分でかっこようなったと思う形まで叩く。
 誤解を恐れずにいうと、左右対称ではないのですが、左右対称でないものを恰好よく仕上げていくことで、見飽きのしないものができていく。
 人間の顔もパーツが左右対称で同じ形であるということではなく、いろんな形で出来上がっているのだから。」

「そういう美意識を、こどもさんが小さい時から育てはる方がね。機械の物ばっかり見るのではなく。物の良さっていうのは。正確にできているかもしれないけど、味があるもんっちゅうのはまたちょっと違いますから。」

そういって、百貨店などへ実演に行くときに持っていく少し錆びの入った面頬を見せてくれました。
私としてはあまり錆びという感じはしなかったのですが、鈍い輝きと深みをもった経年による鉄の美しい面頬でした。※写真は載せれませんが(笑)

まとめ

五月人形の工房は、全国にたくさんありまして、社長の仕入れによくついていくのですが、
今回は、京都の老舗であり最高峰の一つであるという先入観があってか、とても緊張しました。
しかし、一水さんのご対応に緊張もほぐれ、いつのまにか聞きやすい空気にしていただいておりました。

これ以上にもたくさんの話をお伺いすることができましたが、あまりにも細かい部分も教えてくださった上に、
「何度でもお話を聞きにきてください」という事を言ってくださいました。
結果としては、かなり勉強になりましたし、ここに書くことを控えさせていただいた内容も、ものすごくたくさんあります。

仕入れに関しても、帰ってからゆっくり考えてくださいというなんとも紳士的なスタンス。
3時間近くもお時間いただいて、すぐそこで注文を出さなくていいですよという姿勢は、なかなか無いと思います。
今後、品物を仕入れたのちに、その作りを時間をかけて隅々まで目に焼き付けたいと思います。

仕入れた商品は写真公開しますので、次回の五月人形のシーズンにはまた紹介したいと思います。