きものひな [ 着物雛 ]

一般の「雛人形」と「着物雛」の同じところと違うところ

令和3年も10月に入りましたね。
これから秋も深まり、人形業界も忙しくなっていきます。

人形業界は10月位から雛人形を飾りだします。
最初の時期は過年度品の飾り付けをし、10月以降少しづつ各メーカーから新製品が入荷していくにつれ、店内にも新しい雛人形が並びます。

こんなことを言うと、最初は昨年の売れ残りを飾っているかのように思われてしまいますが、そうではありません。
昨年の売れ残りではなく、例年定番の人気商品を飾り付けしています。
定番の人気商品というものは、小売店でも製造メーカーでも在庫を保持しているため、展示用のものを確保していることが多いのです。
そのため、10月に展示しているからといってそれが古い在庫品という事ではなく、お客様へお届けするものはその後に入荷する商品を送ることになります。

ただ、一部の限定品については展示の物が送られることになります。

が、食品と違いお人形というものは適切な保管・管理をされている以上、自然に痛んだり朽ちたりすることはほとんどありません。
そのため、生地の製造が困難な時代裂(じだいぎれ)の人形や限定生産された特殊な人形は、製造後に在庫が切れるまでは何年にもわたって販売され続けます。

それが、伝統工芸品では当たり前の事です。

話がそれてしまいましたが、今回はそんな一般的な雛人形と、当店で制作をする「着物雛」との違いをご説明していきたいと思います。

一般的な「雛人形」ができるまで

みなさんは雛人形は「顔がいのち」というキャッチコピーを聞いたことがあるかもしれませんね。
しかし、「顔」というのは業界では「頭(かしら)」と言いまして、ただの「部品」として扱われています。

雛人形の制作者は頭を作っていません。

では、雛人形の制作者はなにをしているかというと、

部品を組み立てている

という表現になります。

1,生地の選定が行われる

最初に、雛人形の衣装になる生地を選定します。
雛人形の衣装は殿であれば「束帯」という衣装になります。
平安時代10世紀頃の「有位者」「貴族」の形であり「縫腋袍(ほうえきのほう)」という形式であり、これは、肩から脛(すね)までの長さの衣装であり、一種類の生地で仕立てられます。

いくつかのサイトで詳しい説明がありますが、特に以下のサイトの説明が分かりやすいと思います。

装束の種類(束帯)

姫の場合はたくさんの着物を重ねて着るのですが、メインの衣装として「唐衣(からぎぬ)」の生地を選定することになります。

唐衣(からぎぬ)

男性の束帯に相当する女性の第一正装。唐衣はその一番上に着る衣なので、十二単の装束の中で一番美しく構成され、唐服を模したところから唐衣と言われる。上半身を羽織るだけの短い衣で、背身頃は前身頃の約三分の二の長さ、袖丈より短い。
桁も下の「襲(かさね)」を見せるため短く出来ている。奈良朝時代には袖がなかったが、藤原時代に袖がつけられた。最初は袖口に置口といって飾りの別裂がついていた。襟は裏を返して着る。
地位により地質・色目・文様に区別があるが、普通には地文の上にさらに別の色糸で上文を織り出した二重織物が用いられ、裏地には板引きの綾絹などを用いる。

民族衣裳文化普及協会 唐衣(からぎぬ)より

雛人形メーカーでは雛祭り前の毎年2月位になると次のシーズンに向けて生地メーカーを訪ね、現代の流行の色やデザインを意識しながら生地の選定をしていきます。
生地メーカーとは、雛人形専門の生地を作っている所もあれば、呉服業界の生地メーカーである場合もあります。
生地メーカーは2月に雛人形メーカー向けの生地の展示会を開き、受注後に急いでそれらを発送しなくてはいけません。
なぜなら雛人形メーカーでの次の工程がすぐに始まるからです。

2,生地を裁断しメインの衣装を作る

メインの衣装とは殿の場合は「束帯」であり、
姫の衣装では「唐衣(からぎぬ)」です。

人形業界では、毎年5月の中頃から6月一杯くらいまで来年のお雛様向けの展示会を行います。
展示会には全国の人形の小売店や百貨店の担当者が集まります。
つまり、雛人形メーカーは2月~3月に生地を仕入れて5月までに新作を作り切ってしまわなくてはいけないのです。
2月に注文した生地を早く納めてもらわなくては展示会用の人形が作れません。
このあたりは、どこもかしこも大急ぎの大仕事ですね。
急いで衣装を作って人形をつくるので、雛人形メーカーによっては展示会ではまだ人形の形になっていないものもあります。
(たとえば手や頭が付いていないままだったり、衣装だけが置いてあったり)

3,メインの衣装以外の衣装部分をつくる

殿は縫腋袍以外はほとんど見えないのですが、姫は唐衣以外の部分がたくさんあります。
良く見える部分でいうと表着(うはぎ)と五衣(いつつぎぬ)、単(ひとえ)です。
この部分は、唐衣のデザインに合わせて検討を重ねて決める部分です。

一般的な雛人形メーカーでは、この重ねた6~7枚の生地の配色パターンを数種類用意しています。

例)赤い唐衣には配色パターンAを使う
 ピンクの唐衣には配色パターンBを使う

といったように、唐衣のデザインに合わせてすべての生地を選びなおすということはありません。
雛人形メーカーによってそれぞれ独自のパターンを数種類用意してあります。

またこのパターンは平安の襲ねの色目を参考にしたものであったり、グラデーションを取り入れたものであったりすることから、配色の美も考えられています。
配色パターンを用意するということは、制作における工程の短縮、手間暇の簡略化である意味もありますが、
・伝統の配色を崩さない
・奇抜な色目を取り入れない
・社風・作家の好み統一しデザインのブレをなくす
といった視点で見るとメリットも多いのです。

4,「製品」となった雛人形を制作する

上記の展示会では、あくまで展示会用の形であるため、細部の仕様の決定がされていない場合もあります。
たとえば、
・「頭」を何にするか
・箱は「桐箱」か「紙箱」かそれ以外か
・親王小道具(刀や扇など)のグレードをどうするか
・手足は「木製」か「樹脂製」か
人形に後からつける物としては他に
・殿には「魚帯」「石帯」、姫は「裳」などの仕様はどうするか
などがあります。

ここまでが一般的な雛人形の制作工程です。
この4の部分では、
雛人形メーカーでは規格がきまっていて商品ごとに決める必要が無い所もありますし、
小売店側が自由に指定・設定できる場合がありますので、
実際は3までの部分が制作の工程であるかと思います。

「着物雛」ができるまで

当店で制作をしている着物雛では、その特性上、工程数が多くなります。

1,生地の選定が行われる→選ばれた着物がお客様から届く

一般的な雛人形の生地選定はありません。
お客様が選んだ着物もしくは帯が当店に届きます。

生地選びという作業はありませんが、この着物・帯を依頼された人形のサイズに従って構想する作業があります。
一般的な着物であればその着物の柄や色を見ながら、殿・姫の着物への柄の出方を検討します。

着物のメインの柄はどこになるのか。殿と姫のデザインのバランスはどうか。
他方が華美になりすぎはしないか、などなど検討する部分は多くあります。
ただし、着物が小紋の総柄であればほとんど気にすることはありません。

2,生地を裁断しメインの衣装を作る→着物をほどき、裏地まで利用する箇所を探します。

一般の雛人形であれば生地は反物の状態で納品されるのですが、
着物雛では、お客様の着物を解くことから始まります。
痛まないように、裏地も利用できるように、専門の職人さんへ依頼しています。

着物の場合、裏地の八掛は滑りの良いシルクであることが多いため、
このシルクの八掛は雛人形の着物の裏地などにも利用させていただいています。
手間はかかりますが、頂いた着物がそのまま雛人形の衣装になるようにする工夫でもあります。

次に、ほどいた着物生地を使って、唐衣と表着に当てはめていきます。

雛人形の着物としては、唐衣と表着は違う着物になりますが、
「着物雛」では、唐衣と表着に着物を使う事で「着物の柄やデザインを良く見せる」ようにしています。
また、
2種類の着物を使う方もいますが、その場合は唐衣と表着に別々の生地を当てはめます。

3,メインの衣装以外の衣装部分をつくる→着物に合わせて重ねの一枚一枚を選ぶ


一般的な雛人形と違い、着物雛では、姫の表着(うはぎ)と五衣(いつつぎぬ)、単(ひとえ)の部分の配色パターンを毎回作品毎に検討しています。
グラデーションを取り入れ、メインの着物を引き立てる配色にするため、パターン化せずに行います。

また、殿であれば「袴」や「裾」と呼ばれる部分の生地の色も検討しています。
一般的には白が多いのですが、あくまで雛祭りであって華やかに美しく、見て楽しみ喜びを感じる雛人形づくりのため、儀礼的な縛りにとらわれないようにしています。

※そもそも雛人形の衣装自体に厳密な決まりがあるわけではなく、あくまで平安の有職に習った作りを模しているため、各メーカーが多種多様なデザインを考案しています。

実際には、見えない・見えにくい中の衣装の生地の色も細かく検討します。
ちらっと見える雰囲気が大きく影響するのも雛人形の醍醐味です。

また、殿姫ともに、着物雛の制作にかかる生地は丹後の縮緬を染めた正絹で揃えます。
お客さまの着物が化繊であってもウールであっても、この仕様は変わりません。

4,「製品」となった雛人形を制作する→着せ付けをして雛人形にする

全ての生地のパーツが出来上がったら、雛人形の形に仕上げていきます。
ここからが雛人形職人の本来の腕の見せ所となります。
着物や帯の生地による硬さの違い、自然なシワや膨らみの表現を出しながら着せ付けをしていきます。

当店では、人形以外の細部の仕様はほぼ決まっています。
・頭は標準頭TN39と、オプションであるMS101Premiumの2種類から選べます
・箱は標準の紙箱と、オプションである桐箱の2種類から選べます
・親王小道具はハイクラスの仕様で統一しています
・手足は木製を使用しています
・姫の裳は正絹の「紗」を使っています。

一般の雛人形と着物雛でただ一つ同じところ。そして続ける意味。

制作までの準備や生地の選定では違いが多いですし、作業の工程も多いのですが、同じ部分もあります。
それは
人形の着せ付けの技
となります。

着物雛は、着物雛だけでなく一般の小売用の雛人形も制作している京都の人形職人が作っています。
この方、数十社の雛人形メーカー・工房を見てきた個人的感想では、人形の着せ付け技術は逸品で日本中にたくさんある人形師の中でも随一の技術と思っています。

そして、着物や帯を雛人形にしてくれる職人さんは全国で見ると数名いらっしゃいます。
価格ももっと抑えられるメーカーもあります。
しかし、
「着物を雛人形にする」というのは単純作業ではなく、一つ一つの着物や帯にある依頼主の思いや歴史に触ることになるのです。
そうであれば、時間もかかるし費用もかかるけれども、その一つに隅々まで手を入れて一つだけの雛人形にするという貴さを大切にしたいのです。

この「着物雛」は、時間と手間と工賃と部品代が高くつくので正直儲かる仕事ではないのです。
※この京都の職人さんが作る雛人形はもっとずっと高価で販売されています。
ですが、素敵な仕事だと思っていますし、お客様も喜んでくれますし、作り手も楽しんでくれますし、伝統にかかわることができる喜びがあるので辞められないのです(笑)