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雛人形の選び方(3)  [顔の違いから選ぶ]

雛人形の顔にはたくさんの種類があります。

 よく聞くお顔の関する言葉は「京頭(きょうがしら)」とか「関東風(かんとうふう)」とか、「おぼこ顔」とかですが、きちんとした仕様や定義書があるわけではありません。ですが一般的な呼び方や分け方があります。そして、どのお顔を選ぶのが良いかという考え方についても多種多様です。

そして10年間、たくさんの人形屋さんのお話を聞いたり、聞いた話をまた聞きしたり、そうやって得た様々な価値観や意見や歴史感の内容をまとめて私が感じたのは、

どのお顔の雛人形でも良い

という結論になりました。

 少し怖いようなお顔でも、昔の公家のようなお顔でも、現代風イケメンでも、化粧をしたキラキラ目でも、やさしい垂れ目のこども顔でも、熊や犬のぬいぐるみのお顔でも、どれを選んでもあなたが良いと思って購入するならば正解です。

 ・雛人形という歴史
 ・工芸品としての価値
 ・美術品としての美しさ
 ・作家のこだわり
 ・製造メーカーや問屋、デザイナーなどの戦略
 ・小売り販売する店の考え方
 ・そして消費者であるあなた

 これら全てにそれぞれの意見や考えがあり、それらすべてに信念があります。
私は、上記のどの立場の意見を聞いてもその時はその意見に傾倒してしまうのですが、のちに別の意見を聞くとそれにも納得してしまうのです。つまり、どのお顔を選んでもよいのだなと考えるようになったのです。

 あなた一人が伝統やしきたりを子供に継承する責務を負っているわけでもなければ、新進気鋭のデザイナーとして雛人形の既成概念を壊すんだという気持ちで選ぶわけでもありません。ただ、楽しんで雛人形を飾って、家族仲良くひな祭りを過ごしていくことのほうが大事です。ほかの人と違うお顔を選んでも、あなたが好きであれば何も心配する必要はありません。
 雛祭りの日に、家族と親戚が初節句を祝おうとする中で、雛人形は演出の一つに過ぎないのです。そこにいろんな意味を乗せると重すぎます。そんなことしていたら、だれも雛祭りをお祝いしなくなります。

と、まぁこの手の話は、熱くなってしまうのですが、主役は赤ちゃんですし、お祝いの席が楽しく過ごすことができればそれが一番良いのではないでしょうか。

それでは、折角なのでいろいろなお顔の紹介をしていこうと思います。

京頭、京風頭と呼ばれるタイプ

京都の頭師(かしらし)が作ったという意味合いにもとれますし、京都っぽい雰囲気という意味合いで言う人もいます。
ただ、一般的に業界としては「京都の頭師が作った伝統的なお顔」として「京頭」と表現します。

京都の頭師は系譜があります。

系譜の始まりはもっとも有名であり評価の高い頭師、京頭の象徴は「川瀬猪山(かわせちょざん)」です。現在の四代目です。
また、初代川瀬猪山から弟子が枝別れし、
・川瀬健山(かわせけんざん) 初代川瀬に師事 現在三代目
・藤澤瑞馨(ふじさわすいけい) 二代目川瀬猪山に師事
・京都春水(きょうとしゅんすい) 川瀬健山に師事

など、この他にも数人終られますが、上記3名は専門店において比較的会うことができるお顔ではないでしょうか。

川瀬猪山

顔の縦と横の比率、ほほの曲線や、目の細さと曲線な、歴史を感じさせる美しさです。この頭は、雛人形という日本の文化を背負っていると思います。

藤澤瑞馨


画像引用:人形補 福順号
“小出松寿作 京十一番親王 立雛 雅 黄櫨染”
より

細面ではなく丸に近い比率です。やや微笑みを感じます。目の曲線や耳のふくよかさに京頭らしさを感じさせます。

関東風 関東頭と呼ばれるタイプ

衣装着の雛人形において、上記の京頭以外は大体が関東風と呼ばれることもあります。
これも規定などありません。人形屋はあまり「関東風」とか言いません。なぜなら決まりや規定など無いから、そんな言葉を言うのは主にお客様、消費者が使う言葉です。
人形屋としては、関東風と言われても京頭以外のことなのだなと思って案内をするだけです。

では、その関東風というお顔でよくある作家です。

・熊倉聖祥(くまくら せいしょう)
・梛葉(なぎは) 新世(しんせい)ともいいます
・熊倉基安(くまくら もとやす)
・味岡映水(あじおかえいすい)
・市川伯英(いちかわはくえい)
・石川均(いしかわきん)
・・・

上記以外にもまだいらっしゃいますが、私が仕事でよく見ていたのは上記の頭師の作品です。
また、それぞれの頭師は複数のタイプを制作しており、それを型番で管理しています。
ですので、いろいろなお店を回っていても違うと感じる場合は、型番が違うということです。

では、いくつか参考写真を紹介します。

梛葉 TN-39

新世人形なぎは工房の制作する頭はたくさんの種類がありますが、とくにこちらの「TN-39」非常に息の長い人気作品です。私が業界勤めしている間はずっと安定してえらばれていました。
特徴としては白ではなく薄い肌色で、細面、少しの微笑みが絶妙であるところです。
たくさん選ばれておりましたが、お客様先にて痛んだりすることもなく品質も安定していました。

市川伯英

市川伯英さんは、長い間、大阪の「松寿人形」さん(「しょうじゅ」もしくは小出松寿とも)の専用頭を作っておりましたが、数年前から少し型を変えたものが市場に流通し始めました。
この写真は松寿人形専門頭です。非常に人気があります。しかし、小出松寿の雛人形を選ばなくてはこの頭にならないことから、予算が大きく上がってしまい、他の商品に変更される方も多かったです。
予算さえ確保できれば、こちらのお顔で、小出松寿の雛人形を選ぶ人は多いと思います。
※この写真は京十番というサイズですが、他などのサイズになると見え方も変わってきます。

熊倉基安 MS-9

MS-9
MS-9

こちらも10年以上前からありますが、人気がでてきたのは7~8年位前(2012年前後)でしょうか。
最初は創作雛で有名な「後藤人形」さんが、化粧や飾り紐を特注し自社のセットに合わせたオリジナルのお顔を使っていましたし、京都でも名匠の平安寿峰さんも使っておられました。
ともに、色やデザインに非常に凝った着付師であったことから、このお顔のポテンシャルが高かったことがうかがわれます。そして、その後すぐに多くの作家がこのお顔を使い、いまではさまざまな作品で見ることができます。
※この写真は小十番というサイズですが、三五などのサイズになると見え方も変わってきます。

熊倉基安 MS-101


上記のMS-9型と同じ頭師である「熊倉基安」の作品です。
こちらは3~4年前(2015年前後)に市場に出始めました。当初は、愛知県にある「好光人形」さんの見本市で出会いました。頭師と共同で様々な頭の試作をしている中の一つというお話でした。
当初は奇抜に感じたこの頭も、今では日本全国の専門店において人気の高い頭となっています。

その他の作家について

紹介したい頭師は他にもおりますが、写真が無いことから、今後写真を入手できたおりには、記事を更新することといたします。
また、その中でも熊倉聖祥(くまくら せいしょう)は厳密にいうと「頭師」ではなく「原型師」といい、頭のもととなる原型を作る方です。生前は多くの原型とともに人形作品も残しており、その生前にのこした原型をもとに多くの頭が作られています。雛人形においては非常に特別な人気を誇った「KS-1」という頭があります。この頭は一時期どの人形屋にいってもKS-1の頭の雛人形しかなかったらしいです。
※上記で紹介してきた熊倉基安(くまくらもとやす)とは親族等の関係は一切ないとのことでした。

木目込人形のお顔について

木目込み人形のお顔は上記の説明にあった、頭を作る頭師という人が介在しない場合が多いです。

つまり、人形作家がそのままお顔も作るという製法になります。
木目込人形のお顔は、人形作家が「描く」ことが一般的です。
それを少し紹介したいと思います。

鈴木賢一工房

木目込人形の描き目
鈴木賢一は、木目込人形の地位を引きあげた人物です。すでに亡くなっておりますが、その技法や型を踏襲した鈴木賢一工房を人形の東玉さんが引き継いで運営しています。
賢一工房にはいろいろな「型」の雛人形がありますが、すべてお顔は違います。
そして手描きという事から、同じ型同士の人形でも、多少違って見えるかもしれません。

真多呂人形

真多呂人形の描き目
真多呂人形は、木目込人形では非常に有名な工房です。大手百貨店には大体おかれており、会社代表は現人形協会の会長をされています。価格帯は下から上までたくさんそろっており、「伝統的工芸品」の認定がされているものもあります。
しもぶくれの曲線に特徴があり、親子ともに真多呂人形のお雛様を購入している方もいます。

柿沼東光

柿沼東光の描き目
雛人形だけでなく、さまざまな木目込作品を創作する作家です。「伝統的工芸品」の認定品も多数あり、主に専門店において全国的な知名度があります。
作風としてはややしもぶくれで優しい微笑みの印象があります。

その他の木目込人形のお顔について

描き目が一般的であった木目込人形ですが、昨今は衣装着同様のガラスの入れ目のタイプが多くなってきています。
インターネットでの販売を主とする「ふらここ」さんや「ひととえ」などなど、入れ目にすることで可愛らしい作品となります。
「縫」の雛人形
この写真は人形工房「縫nui」の木目込雛です。

このようなコンパクトで可愛らしい雛人形は現在人気が高く、現代人の生活スタイルにマッチしているのかもしれません。

まとめ

さまざまな頭がありますが、好みの頭はありましたでしょうか。
もちろん人形選びは個人の自由ではありますが、雛祭りは毎年行う家族イベントの一つです。
お子様が成長されても喜んでくれるような雛人形を選べるとよいですね。