雛人形を見ていると、「京雛」という言葉に出会う事があると思います。
消費者の質問に答えられるように、生産者や仲介者(問屋・小売り)はこの言葉の意味を、
一度はちゃんと考えて整理して言葉にできるようにする必要があります。
ですので自身のためにも「京雛」という意味について考察してみたいと思います。
京雛の意味 広義での解釈(一般的な解釈)
京都のお雛様という意味ととらえることができますが、産業界においてきちんと定義されているわけではなく、人それぞれがある程度同一の価値観でもって言っていることになります。
大体においてこの程度は業界人であれば似通っています。
・人形を「作っている」人が京都に住んでいる。
・人形を「作っている」場所が京都である。
・京都で人形作家として名前が認知されている。
この三つの点によって、その工房の雛人形を「京雛」の一つと認識している方が一般的です。
ですから、京都で作っていても、大阪や神戸に住んでいるのであれば京雛という感じがしません。
※そんな方はいないですし、「感じ」がしないというふんわりした表現ですが(笑)
また、京都に住んでいる人が京都で雛人形を作っていても、認知度が低ければ趣味で作っているような印象になります。
そして、解釈はそれぞれのお店やその経営者によりますので、上記のような解釈はやや単純に考えた広義の解釈です。
京雛の意味 狭義での解釈(より厳格な解釈)
お店や経営者、もっというと同一店舗であってもそれぞれの販売員の解釈も違う場合があります。
つまり、京雛の「京」の部分により一層の意味を持たせた考え方です。
ただし、この厳格な解釈は、一般的な解釈の三つの要素はもちろん満たしている上での話になります。
たとえば、分業制の雛人形業界においては一つの雛人形に対してたくさんの生産者がかかわっています。
具体的には
となります。
どの部分においても、静岡や愛知、埼玉などにメーカーがあります。
近年人気のあるお顔は埼玉の頭メーカーが制作していたり、小道具においても埼玉や愛知のメーカーでつくっています。
胴柄は奈良や岡山や、色々と、つまり日本中に生産者はいます。
この
「全ての部品に京都のメーカー・職人が制作したものを要する」
という、正真正銘、オール京都、メイドイン京都という条件の解釈をもった人やお店もあるでしょう。
また、目に見える「衣装」と「お顔」だけはせめて京都で作られてあるものをという店もあるでしょう。
実際のところ「京雛」であってもさまざま
京雛を販売するには、その人形を「仕入れ」る必要がありますね。
この仕入れの段階が自由であることから京雛にはさまざまな「状態」が生まれてくるのです。
仕入れの方法と仕立てられた雛について
仕入れの方法はいくつかありますが、
・製造元で直接注文する
・問屋さんから仕入れる
の二つが一般的です。
「問屋を通さない方が安くなる」という構図には一定の誤解や間違いがあります。
「問屋」の仕事は多岐に渡る(別の記事でまとめます)が、この仕組みが無ければ小規模の製造元では煩雑な業務によって製造のリソースを奪われることになります。
そして、製造元によっては「卸販売をしない」・「特定の業者(問屋)を通さなければならない」「一定期間の取り扱いの記録が必要」「一定金額の取引が必要」などの取引条件があります。
しかしながら問屋を通すことで一個からでも仕入れることができます。
そして往々にして問屋は卸先の味方です。
仕入れた小売店側はクレームや相談を、製造元と直接しなくてもよくなります。(直接しないメリットもまた別の記事にまとめます)
そして消費者が一番気にする最終販売価格ですが、この問屋があろうとなかろうと、ある程度変わらない金額になります。
これもまた別の記事にまとめます。
製造元で直接注文する場合の仕上がりについて
製造元で直接注文する場合の仕上がりについては自由度が高まり、多少ですが問屋を介さない分の仕入れ値を抑えることができます。
その変わりといってはなんですが、多くの手間暇と時間、責任を要します。
仕上がりにはある程度の差がでますが、その差を自身でコントロールできるのがメリットです。
以下のいくつかは選択することが可能です。(工房によって差はあります)
・頭(お顔)
→京都製の頭(京頭と言う)やその他の頭(京頭以外)にすることを自身で選択できます。
たとえば、純正では京頭が付属されているとしても、それを不要として「頭ナシ」で注文することも可能です。
・手足
→京製の手足は木を削った「木手・木足」が使われます。これも、京都では「手足師 澤野正(さわのただし)」の制作する物が使われます。
京製の手足というのはこの澤野さんが制作するもの以外は存じません。ほかの話はこれまで一度も聞いたことがありません。
この手足であっても、工房によっては一般的な他県で製造されるものに変更することができます。
この手足だけでも小売価格が2万円近く変わるのものもあります。
・衣装
実は衣装ではそれほど大きく値段は変わりません。そもそも、京都の人形師たちは、前提として品質の高い生地・衣装しか用意していないということがあります。
たとえば、京都府外の人形工房では、着物の裏地や下着部分に当たる生地、五衣(いつつぎぬ)の見えない部分などは化繊の生地を使う事が一般的であり、グレードが良い物になるにつれて化繊部分が少なくなっていくラインナップになっています。
しかし、京都では、基本的に化繊を使う部分は無く、生地も有職のそれであったり西陣織のみをそろえたりしています。
ですから、その中で色々と選ぶ事も可能ですが価格調整ではなく、配色や吉祥の紋の組み合わせのためにするという意味合いになっています。
・親王小道具
刀や扇などの小道具も変更が効くお店もあるかもしれません。(そこまで変更したというのは聞いたことはないですが)
小道具であっても、やはり京製というものがありますが、この小道具については多種多様であり、京雛であっても他府県製のものが使われている事があります。
京製の御道具に変えるともちろん2万~の金額差がでます。
ただ、作りは細かく品よく仕上がっているため、今後、御道具の違いも記事にしたいと思います。
このように、製造元と直接取引ができるお店というのは、その仕様について細かく調整ができます。
すると、自身の「京雛」という概念にそった仕立てを依頼することができます。
また、個別に細かくオーダーをするという事は、その一体を作るために職人や工房には原材料のほか、人の技術力も乗ってきます。
たとえば、問屋から規格が決まったものを50体制作注文受ける場合と、
細かなオーダー品を1体作る、もしく1体を数種類作るとなると、作る側も注意力・集中力が何倍も必要になります。
ですから、こういった工賃も考えると、問屋を省いたからと言って価格が大きく抑えられはしないのです。
問屋さんから仕入れる場合の仕上がりについて
この場合は、問屋によって仕様や規格を決めて人形師に制作を依頼するのですが、問屋さんの「見本市」においては展示品が並んでいます。
この展示品は在庫があるわけではありません。見本市の注文数を元に制作元に依頼をするのです。
たとえば展示品が1つあって、見本市でいろいろな小売店から合計30本注文がはいったら、製造元に30本注文するわけです。
つまり、注文が無ければその展示品は問屋さんが自分の小売店で販売したり、どこかの小売店さんへ特価で販売したり、来年また展示品にしたりするのです。
この仕組みがあるので、一応、問屋さんの見本市においても、製造前であることから仕様の変更を依頼することができる場合もあります。
以前は難しかったのですが、業界全体の景気悪化や、ネット販売が一般化し各地の小売店がSNSを使い力を持ってきたこともあり、柔軟に対応する問屋さんも増えてきています。
(といっても、問屋さん自体が少なくなっているのですが…)
ただ、直接注文とは違って、細かな仕様まではできません。
簡単な変更、たとえば頭を変更するとか、変更可能な範囲で衣装の一部ををちょっとだけ変えるとか、それぐらいになります。
問屋さんからの仕入れの「京雛」の解釈は、その問屋さんの解釈・概念を踏襲すると考えてください。
※とくに人形のメインの部品となる「頭(お顔)」は、関東の頭師の物をつかうことが多いです。
この大きな理由は、
・価格を抑えるため
・売れやすくするため
の二つです。
京頭は通常「練り頭(桐塑頭)」という製法です。※また別の記事で…
その他の頭は通常「石膏頭」という製法です。
この製法による手間暇や仕上がりの違いや京都の伝統が持つ技術、その技術料によって価格が「大きく」変わります。
次に、京頭の人形は独特な表情です。それは、現代人のママさんにはすぐには受け入れにくい場合があります。
接客する販売員の知識や経験などが無ければなかなか選ばれない現実があります。
そのため現代的な表情の頭をセットしていることが多くなるのです。
まとめ 京雛の意味、概念について
仕入れるお店や問屋によって違いがあることが分かりました。
細部まで厳格に「京製」を求める人もいれば、
人形の製造(着せ付け)のみが「京製」であることをその意味とする人もいます、
また、その中間として製造(着せ付け)はもちろん京都だが、お顔と衣装も最低限京都のものを使ったものと定義する店もあります。
さまざまな概念がありますが、個人的にはどこまでを京製と考えるかは人それぞれで規定すればよいとおもっていますが、
生産者や仲介する店は消費者から問われた時に、正確にしっかりと偽りなく応えられるようになっていてほしいと思います。