上巳の節句 桃の節句

<良い雛の定義>雛人形の品質とは[製作者の技術や製法による基準 ]

前回の記事の続きになります。

雛人形の良し悪しを計る物差しを考えます。
前回の記事はこちら、

<良い雛の定義>雛人形の「品質」とはどいう意味なのか?[1素材や製法による基準]雛人形の良しあしを説明するのはとても難しく、大きなテーマであることは間違いありません。 ですが、消費者にとってはとても重要な事です...

今回はその続きとして、品質基準の項目の二つ目
「製作者の技術による基準」
を考えたいと思います。

もともとの素材が同じであっても、製作者の技術によってまったく違うものに変わるというのが、クリエイターの仕事の本質です。
クリエイターはこの場合、人形職人となりますが、極端な例を挙げれば、

「画家であっても小学生であっても同じ絵の具を使っている描いた絵を比べる」
ということです。また、
「主婦であっても三ツ星シェフであっても同じ材料を使った料理を比べる」
ということでもあります。

※絵の具の品質の違い、食の具材の品質の違いなど、同条件の物を用意するという意味においてです。

 たとえば、芸術作品の側面も持つ「雛人形」は仕上がった状態の「形」に全てが現れます。
その時、難しく考えて自分には見えない価値観を探る必要はありません。
自分が見て「美しい」と感じるかどうかが大きなポイントだと思います。

ただ、芸術品の側面がある以上、その芸術の見方というものもありますので、それを知っていくとまた見方も変わってきますが、
基本的に自分の価値観で美しさを判断するということは重要なことです。

余談ですが…
芸術の見方というのは、その見方で価値を判断したい人たちで作られたルールでもあります。
そのようにして育った「雛人形を見る目」というのは、一種の「業界による価値観の教育・洗脳」である部分もあります。
ですから、私個人としては、雛人形の見方を知るよりも前に自分の価値観で雛人形を見る経験をしてほしいです。

では、その一般的な雛人形の「見方」や見るポイント、そして作家の特徴はどこに表れるかということを具体的に見ていきます。

<基本の見た目は全体像>

「 1, 左右対称の美しさ」

一般的な感覚として、左右対称を意図してデザインされた造形物は、左右対称もしくはそれに近い状態であることが望まれます。
回りくどい言い方ですが、つまり、
雛人形は中心に線を引いて左右対称となるデザインの物であるということです。
そのデザインは昔から変わっていません。
よって、人の手で作られるものであっても、左右対称により近づいた状態が好まれる傾向にあります。
「一般的な雛人形の形」として、そのような雛人形を美しいと感じることは自然だと思います。

いくつかの作家の作品例を紹介します。

<ひいな 清水久遊 の雛人形>

<たちばな彌 尊正 の雛人形>

<人形工房松寿 小出松寿の雛人形>

衣装の広がる範囲や、着せ付けのシワや重なり、その重なりのずれていく幅などが美しい仕上がりです。
これらの作家さんは、特に技術が高いので、安定的に高品質の着せ付けの作品を作っています。

左右非対称の形をデザインした製品もあり、そのような造形をもって「表情」をつける作品もあります。
ですが、そのような作家であっても、もちろん基本の形である左右対称の雛人形をたくさん作っておられる基本技術を備えた方達です。

「 2, 安定感を感じるシルエット」

雛人形の座っている姿をみて、安定感を感じられることが望ましいです。
立びなであってもそれは同様で、どことなく不安定な姿は、見る物に不安感を与えてしまいます。

よく立びなを見たお客様の中で「立ちっぱなしで疲れそう」とおっしゃる方がいます。
その方にとっては、立ったままというのが「不安定」に感じてしまう理由があるのだと思います。

立びなが不安定だということではなく、
「不安定」「不安」「なんかちょっと…」という要素というのは個人それぞれではありますが、
多くの方が常識として刷り込まれている「姿」から離れてしまうとそういった不安定な印象を与える場合があります。

「シルエット」と表現したのはそういう全体的な印象の感じ方という意味もあります。
言葉で理解をすることは難しいかもしれませんが、人形の姿をみて「うーん。。なんか。。。」と感じるとしたらそれはあなたにとってのヒントなのでしょう。
雛人形のような工芸品は、言葉ですべてを説明することはできません。
人それぞれに見えない部分、感じる部分というものが必ずあります。

人形から安定感を感じるというのは、
先ほどの左右対称であることに加えて、人形の頭を頂点として綺麗な三角形である事。
そして個人的な好みから言うと、「正三角形」ではなく「直角二等辺三角形」であることが安定した美しいシルエットかなと感じます。

※烏帽子の後ろの「エイ」を入れない状態でのシルエットです。

<細部の作りこみや着せ付けから見る作家のこだわり>

全体的な形を安定した技術で着せ付けができる職人さんというのは結構いらっしゃいます。
そこから細部の姿勢や作りこみによってブランディングされている製作者を、仮に「作家」とします。
そして、たくさんの作品を見比べていくと、次第に、細部の特徴を見れば作家が分かるようになります。

「 1, 袖の形に見える特徴」

雛人形の袖は、その作家の最大の特徴と言われています。
着物を着せた最初の腕はまっすぐであり、それをグイっと曲げて特徴を表現しています。

いくつかご紹介します。




この作家の特徴は、力強く曲げた腕(肘)に、生地の直線的な重ねの表情です。
「強装束(こわしょうぞく)」と呼ばれる表現です。
男雛の袖は、袖の中が見えないように閉じられた作りです。
これは、有職雛(ゆうそくひな)ともいわれる雛人形の作り方では一般的な「蛤袖(はまぐりそで)」といいます。
作家によっては、この袖がもっと大きく膨らんだそれこそ蛤そのもののような作りの雛人形もあります。

有職雛という製法の概念の中には、強装束であることも含まれている印象があります。
「有職(ゆうそく)」や「有職雛(ゆうそくびな)」という言葉には、
発言者の主観、業界的な慣習・風習、つまり「なんとなく」という概念も混じっています。
(有職雛という確定・認定された仕様はありません。)
ですから、あくまで、こういう「傾向」という意味で有職という言葉を使っています。
※もちろんそうでない作家さんもおられると思います。

こちらの作家さんも、男雛は蛤袖っぽさがありますね。
女雛は膨らみ、丸みを帯びた袖の着せ付けです。
有職雛として制作されている作家さんではありますが、はっきりとした強装束というわけではないようです。
このように、独自のスタイルを確立している工房も多くあります。

こちらも男雛は袖の内側が見えないような閉じた着せ付けです。
ただ、蛤のような膨らみということではなく、袖の裾はすぼめています。
また姫の袖は非常に特徴的です。
袖の手の部分から裾に従って、波のような曲線が2回現れています。
重ねの内側は曲線が甘く、外側の生地は曲線が強くなっています。


こちらの作家さんは、姫の袖を綺麗な曲線で表現しています。
このような着せ付けは「強装束」ではなく「柔装束(なえしょうぞく)」と言ったりもします。
ただ、現在は「強」だけ「柔」だけというよりも、作家によって強弱織り交ぜた着付けが一般的です。

「 2, 重ねのこだわり」

雛人形では「重ね」というと、女雛の袖や後ろ姿で確認できる複数の着物の重ね着のことを言います。
この重ね着の作り方に特にこだわって作ることで、一目でわかる美しさを演出できます。

色・配色

重ねには、平安時代から続く有職の「かさね色目」というものがあります。
いかに、いくつかの参考になるサイトをご紹介します。

このような伝統配色を使った色彩で衣装を重ねる作品もたくさんあります。
また、この配色を参考にしたり、まったく新しい現代的な感覚の作品も多数あります。

いくつか最近の作品のかさねをご紹介します。

ひとつひとつにコメントはしませんが、どれも、メインとなる唐衣(からぎ)・表着(うわぎ)を引き立てるための色使いだということが分かると思います。
たとえば、唐衣や表着を変えずにこれらの配色を変えるだけで全く違う雛人形に見えるのです。

ただ、色だけにこだわるのではなく、着物の仕立てからこだわって作っている衣装もあります。

着物(生地)の製法

例えば着物の後ろ姿を見てみますと、重ねにしっかりと裏張りをしている衣装づくりをしている工房もあります。

裏張りを、上から見たときに額縁状に見えるくらいの縫製をしている衣装づくりをしている工房もあります。

着せ付けもいろいろです。
たとえば、ボリュームをつけた着物の裾の作り。

逆に、薄くした作り。

また、重ねが上から下へ、着物が綺麗にずれていっていますが、どのようにしているかというと、

これは、一部の作家さんの例ですが、
このように多くの作家さんは、生地をある程度手繰り寄せて段差を作っているのですね。

見る部分は限りなくある

これらの見どころは一部です。
もっと見ていて驚く部分もありますが、それに気が付くかどうかです。

作品は目の前にあります。いろいろな視点で雛人形を見れるようになると、本当に楽しくなります。